時代が、世界が激変した。

自分の身近なことで言うと、妻と毎日ランチをとり会話してる。NHKの連ドラを毎日楽しみにするようになった。
とてもささやかで何気ない幸せだけど今はとても大切な時間だ。

仕事も週一の楽しみだったテレワークをこうも毎日やっていると下界に触れることなく、毎日の刺激や発見がなくなり、感動して何かを産み出そうという気持ちが完全に失せた。 ただ淡々と過ごす。適当にサボる時間が増えてしまった気がする。なんとか10月に資格試験に合格できたことが救いか。それまでは毎日勉強時間を確保できていた。いまはどうか?

このコロナ禍で継続できていることはランと筋トレ。全て自分に返ってくるし結果もシンプルでわかりやすい。継続する意味があるからできている。40手前にして一番カラダが仕上がっていることに驚いている。 もう以前に戻ることはなく、自宅勤務が普通となり、出社が特別なことになる。自宅が職場であり、趣味や日々の暮らしを過ごす。全てが自宅で行える。正直息が詰まってくる。

週一でジムに行くと同時にサテライトオフィスへ通う。これが今とても重要な息抜きになる。余計なことを考えずただひたすらトレーニングに励む。たまに見かける素敵な女性が目の保養だ。 時間に余裕があれば帰りに近所の居酒屋へ立ち寄る。とても充実した金曜日の使い方。

そうやってこの生活パターンを少しずつ作り上げてきた。部屋も改造して自分の部屋と化した寝室は、新しい遊び道具が次々と増えている。そうでもしないと意識が持たない。 おそらく妻もそれに感づいており、物が増えることや部屋がDIYされることもスルーしているようだ。

仕事と暮らしの境目がなくなってくる。仕事も生活も同時に行う。切り替えがない。自宅という空間でお互いを補完しあい共存している。これからもきっと同じ場所、同じ椅子に座り目の前のデスクとMacから有りとあらゆるものを発信し、受信していくことになるだろう。

同じ解像度で、同じステレオで、同じ画面で、全ての様々な感情と感動を受け入れていく。 果たしてそれは幸せなことなのだろうか。ずっとそう感じてる。

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